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中島健児さんが見出した、若者と『共にいる』ということ

「ケンジ!」と呼ばれた夏、消極的だった中学生が変わった瞬間

中島健児さんは中学3年の夏、不登校だった時期に6泊7日の乗馬キャンプに参加しました。周りは小学生ばかりで、中学生の自分は「相手にされないだろう」と半ば投げやりな気持ちで臨んでいたといいます。

ところが理事長から「ケンジー!おいでー!馬に乗ろう」と声をかけられ、馬に乗る姿をカウンセラーたちが「すごいやん、かっこいいやん」と褒めてくれました。

「みんなが自分に声をかけてくれたことがすごく嬉しかった」と中島さんは振り返ります。帰りたくないと思うほど楽しめたこのキャンプが、若者と関わる原点になりました。

キャンプリーダーから恩送りへ、教わった二つの言葉

翌年また同じキャンプに参加すると、「お、ケンジ!今年も来てくれたんや!」と覚えていてもらえたことがまた嬉しく、次第に自分より小さな子たちの世話をするようになります。

大学進学後もサークルには入らず、YMCAのキャンプリーダーとしてボランティア活動を続けました。

大学3年の時には航空会社勤務の講師の先生に「Learning Assistantをさせてください!」と直談判し、講義の準備や進行補助の仕事に携わります。講義終了後、先生と駅前の居酒屋で飲み交わす時間もまた「講義」でした。

その中で教わったのが、「先輩から受けた恩は後輩に返せ」「先輩の質は後輩の値打ちで決まる」という言葉でした。

「それまでは、恩は先輩に返さなあかんと思っていたのが、いや違う、受けたものを次の後輩に渡していくことが大事なんやと思って」。

この気づきが、以後の中島さんの行動原理になっていきます。

2年間、ただ隣にいた。不登校の少年と歩いた日々

10年ほど前、インターナショナルスクールの関係者から「不登校気味の男の子に会ってほしい」と依頼を受けました。

会ってみると、友達も多く、一見するとどこにでもいそうな元気な少年。それでも朝になると学校へ行けない日々が続いていました。

中島さんは朝から自宅を訪ね、なかなか起きられない少年のそばで、ただパソコンを開いて待ちました。

「今日は行ってみる」と言えば一緒に学校へ向かい、途中で「やっぱり今日は無理」となれば、その気持ちを受け止める。学校へ行かせることだけを目的にはしませんでした。

そこには、中島さん自身が不登校だった頃、「行かなければ」と追い詰められることが苦しかった経験がありました。

こうした集中的な関わりを約2年続け、その後も形を変えながら現在に至るまで、少年との関わりは続いています。

「何を提供してきたのかと聞かれたら、『一緒にいる時間』ということでしょうか」。

何か特別な答えを与えるのではなく、本人のペースを尊重しながら、同じ時間を過ごす。その経験は、中島さんが若い人と関わるうえで大切にしている姿勢の一つになっています。

表向きは別の顔、気づけば若者が集まる場所をつくりたい

現在、中島さんは映像制作の仕事を続けながら、高校生や大学生など若い世代と語り合い、共に学び、体験できる活動を模索しています。「まちトーク」や沖縄をテーマにしたスタディツアーの企画も、その試みの一つです。

目指しているのは、「若者の居場所」という看板を掲げた施設ではありません。

「表向きは別の仕事・別の空間だけども、気がつけばそこに若い子たちが寄ってきている。そんな場所ができたらいいなと思っています」

何かを教える人と教わる人、支援する人とされる人という関係ではなく、一緒に何かをしたり、くだらない話をしたり、時には悩みを話したりできる関係。

普段からそんな時間を重ねているからこそ、本当に困った時にも「ちょっと話していい?」と言えるのではないかと中島さんは考えています。

その原点にあるのは、中学3年の夏、自分を「ケンジ!」と呼び、声をかけてくれた大人たちとの出会い。そして大学時代に恩師から教わった、「先輩から受けた恩は後輩に返す」という言葉です。

かつて自分が受け取ったものを、今度は次の世代へ。

形はまだ決まっていません。

それでも中島さんは、自分自身の仕事や生活も大切にしながら、若い人たちと「共にいる」ための新しい形を探し続けています。