人を思い出せる人は、信頼を育てられる
幼稚園のころ、女の子たちに両手を引っ張られ、肩を脱臼したことがあるそうです。永井洋年さんは、その出来事を笑いながら「めっちゃ覚えてるんですよ」と振り返ります。小学校では生徒会長を務め、ファンクラブまであったという少年時代。人に囲まれ、自然と中心にいる存在でした。
中学では成績もよく、サッカーにも打ち込み、正義感の強い一面もありました。「いじめとか絶対嫌いだったんで、いじめられてる子を守ってあげたりとかしてて」。弱い立場の人を守りたい。弁護士になりたいと思った原点も、そこにありました。
けれど高校で部活を辞め、アルバイトや夜遊びに傾いていく中で、成績は大きく下がります。優等生だった自分から少しずつ離れていく感覚。それでも永井さんは、自分を責めるよりも、人との出会いや流れの中で、その時々の道を選び取ってきました。
信頼と葉書をつなぐ、縁の意味
大学を半年で辞め、地元に戻って土木の仕事をし、お金を貯める。その後、福祉と保育の専門学校に通い、保育士や社会福祉主事など複数の資格を取得しました。進路は一直線ではありません。けれど、どの選択にも「人の役に立ちたい」という根っこが見え隠れします。
就職が決まっていたにもかかわらず、親しい友人が愛知に行くと聞き、「じゃあ俺も行くわ」とトヨタの期間工へ。寮生活で働きながら、1年で約200万円を貯めました。さらにその後、前の奥さんの家族が経営するカラオケ店を手伝うことになり、13年間働き続けます。
ゆくゆくは事業を継ぐ予定でした。しかしコロナ禍で売上が悪化し、店舗を手放すことになります。そこで偶然再会した元スタッフから、「絶対永井さん向いてると思うんで」と声をかけられ、生命保険の世界へ足を踏み入れました。
自分から望んで選んだ仕事ではなかったと言います。それでも「自信はあったんですよ。だからやれるやろうと思って来た」。流れに任せているようでいて、目の前に来た縁には真正面から向き合う。それが永井さんの歩き方でした。
売る人から、思い出してもらえる人へ
生命保険の営業は、最初こそ知人への説明で進みました。しかしその先には、テレアポや飛び込み、新しい人に会い続けなければならない厳しさがありました。「月ごとに成績リセットされるんですね」。外資系の営業として、成果がなければゼロに近い現実がある。そのプレッシャーは決して軽くありません。
しかも永井さんは、意外にも「新しい人に会うのは結構苦手」と話します。若いころは誰とでもすぐ友達になれたのに、大人になるにつれて、肩書きやお金、立場が見えるようになった。さらに生命保険という仕事柄、「また保険か」と思われるのではないかという不安もあったと言います。
転機は、自分が「売っている」と思っていた感覚から抜け出したことでした。「今は全然言えますし、むしろ入ってないからヤバいなって伝えることができるようになった」。保険そのものではなく、誰から入るかが大事。その考えにたどり着いた永井さんは、契約後の関係を何より大切にするようになります。
象徴的なのが、2か月に1回、お客さん全員に送る葉書です。季節に合わせたデザインを知人に作ってもらい、宛名と住所は自分で書く。費用も時間もかかります。名前と住所を書くだけで4時間ほどかかることもあるそうです。
それでも永井さんは言います。「書くたびに、この人こんなのやったなって思い出すんですよ。あっちもこれが来たら多分僕のことは思い出してくれるんで」。買ってほしい時だけ連絡するのではなく、何もない時にも思い出す。関係を育てるとは、そういう小さな手間を惜しまないことなのだと、永井さんの姿は教えてくれます。
一枚の葉書から広がる、誠実な経済圏
これからどうなりたいか。永井さんは「自由に生きたいんですよね」と語ります。お金の自由、時間の自由、そして気の合う仲間と楽しく過ごせる自由。営業という仕事は、自分で時間を決められる一方、成果を出し続けなければならない厳しさもあります。それでも永井さんは、あと2年で次のキャリアステージに進むことを目標にしています。
大切にしたいものは、やはり縁です。「今まで出会ってきた人であったりとか、今のお客さんに対しては誠実でありたい」。すべての人と同じ距離で付き合うことは難しい。それでも、自分を好きでいてくれる人、信じてくれる人には全力で返したい。その言葉には、きれいごとではない人間らしさがあります。
永井さんが幸せを感じるのは、気の合う仲間と飲んだり、遊んだり、キャンプや旅行を楽しんだりしている時だそうです。特別な成功だけが人生を豊かにするのではありません。誰と時間を過ごすか。誰を思い出し、誰に思い出してもらえるか。
永井さんの歩みは、流されることと、縁を大切にすることの違いを教えてくれます。目の前の人に誠実であり続けること。その積み重ねが、やがて自分らしい自由を築いていくのです。