メンバー一覧
meet.inに参加しているメンバーを紹介します
迷いながら進む人に強みの輪郭を
丸山 健
大阪で、コーチングとグラフィックデザインという二つの仕事に向き合う丸山健さん。和歌山で長く暮らし、デザイン事務所を営んできた丸山さんは、2年前、息子さんの高校進学をきっかけに家族で大阪へ移り住みました。
2026年6月17日
藤倉あかねさんが切り拓く、自分を大切にする幸せの循環
藤倉 あかね
西宮でフェムケアサロンを営む藤倉あかねさんは、女性の心と体に静かに寄り添いながら、「幸せな女性をたくさん増やしたい」と語ります。
2026年6月3日
大阪の現場に未来の仕組みを届ける人
尾嵜 聡
東大阪の工業団地を歩き、町工場の扉を一軒ずつ開けていた頃、尾嵜聡さんは現場の熱気と同時に、あるもどかしさを感じていました。
2026年6月3日
新しい商売に踏み出す人へ、信頼のつながりを
佐藤 さん
佐藤さんをひと言で紹介するのは、少し難しいです。中国に長く住み、貿易の現場で商売を重ねてきた人。暗号通貨に惹かれ、ブロックチェーンの可能性を追いかけてきた人。健康食品、訪問看護、金融など、領域をまたぎながら人と事業をつないできた人。見る人によって、佐藤さんの輪郭は変わります。
2026年6月3日
選ばれる会社に信頼の本音を映す
児玉 典貴
児玉典貴さんの原点には、「好きなことから応募してみる」という、まっすぐな決断がありました。
2026年6月3日
信頼されたい人に届く、記憶の葉書
永井 洋年
幼稚園のころ、女の子たちに両手を引っ張られ、肩を脱臼したことがあるそうです。永井洋年さんは、その出来事を笑いながら「めっちゃ覚えてるんですよ」と振り返ります。小学校では生徒会長を務め、ファンクラブまであったという少年時代。人に囲まれ、自然と中心にいる存在でした。
2026年6月3日
渋田さんが築く 挑戦を広げるご縁の力
渋田 祐樹
渋田さんの話を聞いていると、ひとつの肩書きではとても言い表せない広がりに驚かされます。固定費の見直しという生活に根ざした仕事を軸にしながら、福岡と大阪でダイニングバーを営み、探偵事務所を立ち上げ、占い師に特化したコミュニティを運営し、大阪ではイベント事業も手がけている。しかも、それらは思いつきの寄せ集めではありません。「楽しそう」「やってみたい」と感じた瞬間に、まず動いてみる。その軽やかさの奥には、状況が変わっても自分の足で立ち続けようとする強さがあります。コロナ禍で仕事が止まり、一度は「食っていかないといけない」と追い込まれたときでさえ、渋田さんは立ち止まるのではなく、「じゃあみんなで何ができるかな」と問い直しました。その視線は、いつも自分一人ではなく、目の前にいる人たちにも向いています。だからこそ、渋田さんの挑戦にはどこか温度があるのです。
2026年4月15日
村田美樹さんが築く ご縁が続く居場所
村田 美樹
大阪・心斎橋で、一年を通して牡蠣を味わえる居酒屋を営む村田美樹さん。その珍しさはたしかにお店の大きな魅力ですが、話を聞いていると、村田さんが本当に届けたいものは別のところにあるのだと気づかされます。村田さんが目指しているのは、ただ料理を出すことではありません。「明日への活力を充電できるような人を増やしたい」。その言葉の通り、食事の時間そのものを、人が少し元気を取り戻せる場にしたいという思いが、お店の根っこにあります。20年近く飲食の仕事に携わり、自分の店を持って7年目。チェーン展開でもなく、規模の拡大でもなく、「1店舗でいいので、長く続けたい」と語る村田さんの言葉には、派手さよりも深さがありました。
2026年3月27日
東森さんが築く 信頼が導く仕事の縁
東森美尚
東森さんのお話をうかがっていると、人生の節目ごとに繰り返し現れる一つの流れが見えてきます。高校進学も、芸大への進学も、東京での音楽活動も、そして今の仕事も、その多くは「誰かに声をかけられたこと」から始まっていました。ご本人は「そんなに物事を深く考えてないタイプ」「もっとノリに近いんですよね」と笑いますが、その軽やかさの裏には、自分の感覚に正直に動いてきた一貫した姿勢があります。楽しそうだと思えばやってみる。嫌な感じがしなければ進んでみる。その積み重ねが、あとから振り返ると不思議なくらい自然な道筋になっていたのです。東森さんの歩みは、綿密な計画で切り拓いたというより、人との出会いの中で少しずつ形になってきた物語でした。
2026年3月27日
関弥生さんが開く 自分を変えたい人の潜在意識
関 弥生
「本当にただの主婦でした」。そう語る関弥生さんの歩みは、最初から今の仕事につながっていたわけではありませんでした。心理学の専門家だったわけでもなく、最初から誰かの人生を後押しする仕事を目指していたわけでもない。ただ、家族の一員である愛犬の不調をきっかけに、自分では見えない領域に触れる機会が生まれ、そこから少しずつ世界が広がっていきました。師匠との出会いを通じて、潜在意識にある“前に進めない理由”を見つけ、外していく技術を学んだ関さんは、まず自分や家族のためにその力を使い始めます。けれど、その変化を見た周囲の人たちが「自分も受けたい」と集まり始め、気づけばそれは、誰かの人生を前へ進める仕事になっていました。偶然のようでいて、振り返れば必然にも思える始まりです。
2026年3月26日
コマツマヨさんがひらく 魅力を伝える人の言葉
コマツ マヨ
「書くのが一番苦手で、喋るのが一番得意です」
2026年3月12日
諫山七海さんが広がりたい人に場をひらく
諫山 七海
諫山七海さんの話を聞いていると、「戻る」という言葉の中に、こんなにも前向きな意味を込められるのかと思わされます。東京でエンジニアとして経験を積み、3年ほど開発の現場に立った後、プロジェクトマネージャーへ。さらにその先で諫山さんが選んだのは、地元・大阪に戻り、新たな拠点づくりに挑む道でした。
2026年3月11日
前に立つ人を軽やかにする余白の力
和田 典子
和田典子さんは、「にじいろ のんのん」を営みながら、西宮のサロンを中心に独自の仕事を続けています。もともとは歯科衛生士として人体を学び、その後はテーブルコーディネーターとして食卓の空間を整え、さらにスピリチュアルヒーラーとして4,500名以上のメンタルセッションを重ねてきました。そうした歩みの先に、いま和田さんが見出しているのが「空間コンディション調整」という仕事です。店舗やサロン、教室、クリニック、事務所に足を運び、空間の状態から経営者の思考や課題を読み取り、整えていく。和田さんは「お店を見た瞬間に、この人の頭の中はこうだなってわかってしまうんです」と語ります。空間はただの箱ではなく、その人の心のあり方や、仕事への向き合い方までも映し出す鏡なのです。
2026年3月11日
人と働く喜びに、感動の場を
佐内 勤
結婚式は、一組の新郎新婦のためだけにあるようでいて、実は多くの人の心が重なって初めて完成するものです。ブライダル業界で25年、その現場に立ち続けてきた佐内勤さんが何より大切にしてきたのは、意外にも演出や華やかさそのものではありませんでした。佐内さんが一貫して見つめてきたのは、「チームビルディング」です。
2026年3月9日
池田純さんが示す積み上げた自由
池田 純
「1年後に目指すものですか。抽象的ですけど、もっと自由になっていることですかね」。
2026年3月9日
挑戦したい人に贈る準備力という武器
梶田 敏浩
大阪市内の落ち着いた街で一人暮らしをしながら、8年間にわたり採用支援の現場に立ち続けてきた梶田さん。柔らかな語り口の奥にあるのは、驚くほど現実的で、そして自由を求める強い意思でした。
2026年2月26日
石田志芳さんが取り戻した、命を守る声
石田 志芳
「自分より強いものは挫け。弱いものは命を張って守れ。」
2026年2月21日
廣瀬絵美子さんが切り拓く、クリエイターが誇りを持てるものづくり
廣瀬 絵美子
「小さい頃から、絵を描くことしかしてこなかったんです」。そう語る廣瀬さんの言葉には、迷いのなさと同時に、静かな強さがにじんでいます。美術や工作が日常だった子ども時代を経て、自然な流れで芸術大学へ進学。創作は特別なものではなく、呼吸のようにそこにありました。
2026年2月5日
好きなことを仕事にした人へ──想いを形にする現場
鈴本 朗子
鈴本さんの原点は、とてもシンプルです。「小さい頃から、絵を描くのが好きでした」。その言葉どおり、美術大学に進み、印刷会社を経て、デザインの世界に身を置き続けてきました。紙媒体からWeb、さらにイベント運営まで。気づけば22年以上、ものづくりの現場に立ち続けています。
2026年2月5日
森さんが切り拓く「働く歓びの未来」
森 亮輔
38歳、独身、あだ名はジャイアン──そんな軽妙な自己紹介から始まった森さんの物語は、冗談を交えながらも、どこか凛とした覚悟の香りを漂わせていました。関西に来てまだ半年。「サウナが好きで、一緒に行ける友達ができたら嬉しい」と語る柔らかさの裏に、5億規模の企業を継ぐ未来へ向けて走る緊張感が揺れています。
2025年12月17日
草野周子さんが切り拓く「挑戦がつなぐ才能の軌跡」
草野 周子
家の目の前がスキー場——そんな物語の始まりのような環境で、草野周子さんは3歳からスノーボードに触れてきました。気づけば小学生の頃には北海道で「めちゃ上手い子」と噂されるほどの実力者に。一方で、どれだけ滑っても満たされないような、胸の奥にうずく違和感も同時に芽生えていたといいます。
2025年12月17日
菱沼誠さんが切り拓く「つながりが価値へと変わる未来」
菱沼 誠
20年以上を金融業界で過ごし、2025年に株式会社ReLicへ転じた菱沼誠さん。落ち着いた語り口の奥には、長年積み上げてきた経験と、そこからさらに踏み出そうとする静かな熱が漂っていました。
2025年12月11日
大切なものを丁寧に扱う人へ。記憶がつなぐ未来
山下 泰之
初めて山下泰之さんの声を聞いた瞬間、その柔らかな語り口の奥に、長く心に沈めてきた想いの存在を感じました。
2025年12月11日
山口マキさんが描き出す「心の軸を育てる力」
山口 マキ
放射線技師として、黙々と与えられた役割を果たす日々。その裏で、山口マキさんは誰にも言えないほどの生きづらさと、気づけば心をすり減らしてしまうほどの孤独を抱えていました。
2025年12月9日
変化に迷う人へ──好奇心という源を見出す
門田 友葵
都会の風が吹く大阪の街で、門田友葵さんは“電気の使い方”をデザインするエンジニアとして日々働いています。一方で、休日は土に触れ、畑で育つナスの成長に心を躍らせ、オーケストラではシンバルを豪快に奏でる。そんな多彩な彼女の話を聞くほどに、“人の内側で静かに燃え続ける好奇心”という言葉が浮かびます。
2025年12月9日
つながりを求める大人へ――ご縁の力をひらく物語
浅田 春幸
ご縁をつなぐバー。その名前だけでは想像が追いつかない不思議な空気感をまとった場所を営むのが、浅田春幸さんです。初めて話を伺った瞬間、穏やかな声の奥に揺るぎない芯のようなものを感じました。調理師としてのキャリアから一転、コミュニティの拠点となるバーを手がける現在に至るまでには、いくつもの選択と気づきが重なっています。
2025年12月9日
谷津さんが築く “変化を求める人のための新しい仕組み”
谷津 正樹
学生時代、谷津さんは結婚をし、生活を支えるための収入が必要な状況に置かれていました。ところが大きな事故で足も腕も折れ、働くことすら難しい状態に陥ります。そのとき彼はこう語っています。「嫁より稼いでないのが嫌で」「価値はもう私の脳みその中にしかないと思った」。
2025年11月28日
「出会いと気合」がひらく、自分を超える仕事の道
寒川 和成
証券会社で働いていた寒川さんが、ダンス業界へと足を踏み入れたのは、偶然の一言からでした。
2025年11月14日
クリエイターが出会う、AIがひらく新しい創造の自由
齊藤 俊介
「昔はアートも音楽も苦手で、絵も下手でした」。そう笑って話すのは、AIコンサルタントとして活動する齊藤俊介さんだ。だが大学時代、ギターを手に取り、仲間とバンドを組んだことで人生は大きく動き出した。ライブで曲を披露し、自分たちでCDを作り、ジャケットをデザインする。そのすべての過程に「創ることの楽しさ」があった。
2025年11月11日
心に余白を求める大人へ つながりの居場所
冨内 あかね
冨内あかねさんが長年勤めた総務職を辞めたのは、心の奥に静かに灯った「このままでいいのか」という問いがきっかけでした。
2025年11月11日
吉田高章さんが築き上げる「第二のキャリア」と人生の再構築
吉田 高章
兵庫県西宮市。最寄り駅からわずか徒歩1分のビルの4階に、吉田高章さんの事務所はある。
2025年11月10日
クリエイターに贈る、ユーザー起点のブランドづくり
鈴木 コウスケ
鈴木コウスケさんは、「デザインとは、使う人の視点に立つこと」だと語ります。
2025年11月10日
迷いながら進む人に贈る、“自由”という軸
佐々木 和恵
オンライン越しに話す佐々木和恵さんは、柔らかな口調の中に確かな意志を感じさせる。
2025年11月10日
笑顔という思想で、地球を再設計する
生田 あゆみ
「踊ると、みんな笑顔になるんです」
2025年11月6日
働く人の心に「信頼の花」を咲かせる
宮原 崇仁
「早く会社を作れ」と言われた瞬間、宮原さんの人生は次の章を迎えました。
2025年11月6日
挑戦する人に贈る、共創のスポットライト
奥澤 裕志
大阪の街の一角。奥澤裕志さん、通称「ZAWANさん」は、静かに新しい挑戦を始めていた。
2025年11月5日
自分らしく生きられる居場所を自分たちで作る
谷 怜奈
「自分を生きてるって思えるようになりました」。 大阪ガスで再生可能エネルギーの普及に携わる谷怜奈さんは、そう穏やかに微笑む。 彼女が今、心からそう感じられるのは、社内コミュニティ「Talking About Youth(TAY)」を通じて、 “自分の想いを安心して話せる仲間”と出会えたからだ。
2025年11月4日
人との関係に悩む社会人が見出す、絆の生き方
西尾 健吾
西尾健吾さんがファイナンシャルプランナー(FP)の道を歩み始めたきっかけは、意外にも「お金が嫌いだった」ことから始まります。営業をするのもされるのも苦手だった彼が、この業界に足を踏み入れたのは、家族が病気になったことがきっかけでした。
2025年11月4日
手を取り合う未来を築く愛のデザイン
木村 麻美
「私、気づいたらずっと男女のことを仕事にしてたんです」
2025年11月4日
人との関係を大切にしたい人へ。心をつなぐ優しさを築く
岡 敏成
兵庫県西宮市を拠点に、岡さんはSNS運用や動画制作を手がけています。
2025年11月2日
頑張りすぎる人へ、心を整える眠りを
池田 恭朋
幼稚園の頃、寝込んでいたお母さんのために、冷蔵庫のキュウリとハムを使って“なんちゃってサラダ”を作ったという池田恭朋さん。
2025年11月1日
挑戦する若者が切り拓く、体験から生まれる自由
茂治 孝典
「知らないことを知りたい」「やったことのないことをやってみたい」。
2025年10月31日
生き方を探す人へ贈る 思い出のエネルギー
樋口 翔太
銀行員として働いていた樋口翔太さんは、日々の業務の中で「数字を優先する生き方」に違和感を覚えていました。そんなある日、友人から「アーティスト写真を撮ってほしい」と頼まれたことをきっかけに、一眼レフを手にします。初めてファインダー越しに覗いた世界は、彼にとって新しい扉を開く瞬間でした。公園で見かけた家族に声をかけ、SNSで撮影相手を募集し、草の根の活動から35組以上を撮影。夢中でシャッターを切る時間は、翔太さんに「これが自分の生きる道かもしれない」と確信させるものとなりました。
2025年10月29日
人生を模索する人へ 優しさが開く可能性の扉
槙村 凌太
槙村凌太さんは現在、会社員としてごみ収集の仕事をしながら、飲食店でアルバイトを続けています。一見すると堅実で日常的な姿に映りますが、その内側には人に寄り添い、可能性を信じる強い思いが流れています。「誰にでも可能性がある」と信じ、人が自分の人生を選び取れるようにサポートしたいという願い。かつてコーチングを通じて人の気づきを支えた経験や、自殺を考える人を助けた体験は、彼の人生観を決定づけました。子どもの頃から、いじめられている子に自然と声をかけ、一緒に遊ぶような優しさが、今も変わらず彼の行動原理となっています。
2025年10月29日
働く人に贈る、技術と倫理が育む信頼
田原 大生
田原さんがシステム開発の世界に飛び込んだのは、「自分でやりたい」という純粋な衝動からでした。大学時代の仲間が次々と独立していく姿に影響を受け、自分も会社を持ちたいと考えたのが原点です。もともとプログラミングに強い関心があり、システム開発やデザインのスキルを武器に起業の道を選びました。「経営者としては少し弱いかもしれないけど、技術者としては何でも応えられる」という言葉通り、どんな依頼でも「できません」と言うことはほとんどないという自信がにじみます。好奇心と行動力が結びついたとき、田原さんの挑戦は自然に始まっていったのです。
2025年10月28日
吉田さんが見つめる「人を知ることで変わる人生」
吉田 祥子
吉田さんがプロファイリングの道へ足を踏み入れるきっかけは、息子さんの突然の不登校でした。社交的だと信じて疑わなかった我が子が、ある日を境に学校へ行かなくなった。その現実は、親として深い不安と戸惑いをもたらしました。必死に原因を探し求め、さまざまな人に相談しても改善が見られない中で出会ったのが「プロファイリング」でした。息子さんの特性を知り、それまでの関わり方を大きく変えた瞬間から、少しずつ表情が戻り、やがて楽しそうに学校へ通うようになったのです。この経験が、吉田さんに「人を知ることの力」を強烈に刻み込む原点となりました。
2025年10月28日
ビジネスパーソンに贈る「AI研修の価値」
相澤 倫之
相澤さんは教育業界で培った「伝える力」を土台に、新たな舞台としてBtoBの世界に飛び込みました。予備校講師や教材開発で培った経験を活かしつつ、スカウトをきっかけにAI研修事業に参画。未知の領域でありながらも、挑戦を恐れず前進し続けています。キャリアの大きな転換点となったこの一歩が、現在の活動の原点になっています。
2025年10月27日
働く人に届ける 学びとつながりの力
山本 有紀
山本さんはWeb制作やデザインに携わりながら、「作った後にどう使われているのか」を追いかけるようになり、データ分析やウェブ解析の資格取得へとつながっていきました。そこで気づいたのは「数字の結果」だけでなく、「人に伝えること自体の楽しさ」でした。その実感が講師業へと広がり、やがて国の制度も追い風に「リスキリングの講座提供」という形で結実していきます。
2025年10月27日
ビジネスパーソンが信頼を育む応援の力
三好 雄大
大阪・中崎町でオーダースーツ店を営む三好さん。野球に打ち込んだ13年間、独特の体型ゆえに既製品のスーツに悩まされてきました。社会人になってもその悩みは続き、偶然のご縁でオーダースーツを手にした瞬間、世界が変わったといいます。「見られ方が変わって、営業成績も上がったんです」。その体験が人生の軌跡を大きく動かす原点となりました。さらに学生時代に出会った年上の常連客との縁が、三好さんの人生観を変え、独立への背中を押したのです。単なる職業選択ではなく、人との出会いが彼を新たな道へ導いた瞬間でした。
2025年10月27日
誰もが「主人公」として生きられる世界を、日常から。
一木 真生
「世の中のみんなが主人公になれる世界を作りたいんです」。一木真生さんの口から出たその言葉は、単なる理想論ではなく、これまでの歩みと密接に結びついた実感でした。動画編集やSNS運用、LINE構築といった具体的な仕事をしながらも、その根底にあるのは「人の価値を世の中に届けたい」という願い。幼少期、周囲に合わせて自分の本音を隠してきた経験が、逆に「誰もが自分の気持ちに素直に生きられる社会を」との想いへと転換させたのです。
2025年10月25日
齋藤さんが育む「人との信頼」という未来
齋藤 祐貴
齋藤さんのキャリアの原点には「人を大切にする」という一貫した姿勢があります。もともとバーテンダーとして働いていた時代から、彼は人と人との関わりの中に価値を見出していました。カクテルの味は誰が作っても同じですが、「この人と話したいからこのバーに行く」という理由で人は集まる。その経験を通じて、齋藤さんは「人が持つ信頼こそが最大の資産だ」と確信したのです。その哲学を携え、人手不足に悩む企業を支える短期人材派遣の世界へ飛び込みました。そこには、商品ではなく「人」そのものを信頼の媒介とする仕事がありました。
2025年10月24日
串田さんが見出す「人とのつながり」と生き方の意味
串田 崇彰
串田さんと話してまず伝わってくるのは、独創的な発想を軽やかに語る姿勢です。周囲の人が「君は面白い」と笑いながらも真剣に耳を傾けてしまうのは、その言葉に不思議な説得力があるからでしょう。時には突拍子もない構想を口にしながらも、その根底には「人はどう生きるべきか」という普遍的な問いが流れています。自分の年齢を意識しつつも「まだやりたいことがある」と目を輝かせる姿は、挑戦を続ける人ならではの魅力を放っていました。
2025年10月24日
日本人が「働く誇り」を取り戻す舞台を、日本武道館に。
山泊 リョウ
山泊さんが「日本武道館でのライブを目指す」と語った時、多くの人は驚きを隠せなかったかもしれません。しかし彼の視線の先にあるのは単なる音楽イベントではありません。そもそも山泊さんはミュージシャンではなく、ノンフィクション作家。彼が舞台に込めたいのは、自らが携わってきた“働く人々の輝き”です。その着想の原点には、華やかな音楽イベントを観に行った際に抱いた小さな違和感がありました。観客は遊びに来ているのに、ステージ上のスターたちは仕事をしている。ならば逆に、日々仕事に打ち込む人々がスポットライトを浴びたらどうなるのか――そんな問いが彼の心を動かしました。
2025年10月24日
串本さんがつくる「チームと自由の未来」
串本 拓馬
「今は僕が動かないと回らないんです。」串本さんはそう語りながらも、その言葉の奥には確かな未来への視線がありました。ウェブ制作の世界で「納期を守る」という当たり前を徹底することを信条に、独自のやり方で差別化を図ってきた彼。その背景には、大企業で培った「遅れが許されない」環境での経験がありました。仲間と盛り上がりながら創り上げた企画が、納期遅れで頓挫してしまう悲しい光景を何度も見てきたからこそ、「その絶望をなくしたい」という思いが彼の原点になっています。
2025年10月23日
大中さんが築き上げる「天才性を発揮できる環境」
大中 尚一
大中さんの人生のミッションは「天才の発揮」です。高校教師時代、勉強が苦手でも礼儀正しかったり、部活でレギュラーにはなれなくても仲間を支える生徒たちを見て、「人は誰もが天から与えられた才能を持っている」と確信しました。欠点を指摘するよりも、その人ならではの強みを認めると自然に伸びていく。その姿を目の当たりにした経験が、大中さんの原点となりました。「努力ではなく、ナチュラルに喜ばれることを伸ばす方が楽でいいんですよ」と笑顔で語る大中さん。その思考はシンプルでありながら、人生の選択において揺るぎない軸となっています。
2025年10月23日
星野さんが描く「幸せの絶対値」という道
星野 良太
「あなたの目指すものは何ですか?」という問いに、星野さんは少し間を置いてから語り始めました。それは単なる売上や成果ではなく、「関わった人の幸せの総量を増やすこと」だと言います。しかもその幸せは相対的なものではなく、絶対的な基準に基づいたもの。お金や数字で計れるものではなく、その人が確かに感じられる幸福感をどう定義し、どう増やしていくか。その思考は、ビジネスの現場に身を置く人なら誰しも直面する「成功とは何か」という問いを思い出させます。星野さんが歩んできた道は、まさにその問いと向き合う連続でした。
2025年10月22日
三原さんが見つめる「デザインと暮らしの調和」
三原 理子
独立から約1年、三原さんは自らのキャリアを振り返りつつ、新しい方向性を模索しています。地域との関わりや商店街の活性化に強い思いを抱きながらも、現実には納期に追われる日々が続き、自分の時間を見失うこともあったと語ります。そんな中、「私は何をやりたいのか」という根源的な問いに立ち戻り、自分自身を見つめ直す時間を大切にしています。その姿勢からは、単なるデザイナーにとどまらず、一人の生活者として「仕事」と「暮らし」の在り方を調和させようとする確かな決意が感じられます。
2025年10月22日
金久さんが作り上げる「映像と人生の重なり合い」
金久 豊彦
「朝はキャッチボールしてから仕事に出てくるんです」。そう話す金久さんの一日は、子どもとの時間から始まります。上の子の野球、下の子の空手。家のリビングでミット打ちをしたり、近くの公園でボールを投げ合ったり。そんな日常のひとコマは、彼にとって何よりのエネルギー源です。忙しさの中でも家族との時間を大切にする姿は、映像制作という創造的な仕事に向き合う彼の心のあり方を映し出しているようでした。
2025年10月21日
佐藤さんが考える「人と共に生きる幸せ」
佐藤 真一
幼稚園の頃、友達と遊ぶよりも一人で空を見上げ、妄想にふけっていた少年がいました。それが佐藤さんです。ある日、頭の中で「自分以外の人がいなくなった世界」を想像した瞬間、彼は強烈な孤独に襲われ、涙を流しました。「あ、人はいなきゃダメだ」と。その体験は、彼にとって人とのつながりの大切さを強烈に刻み込む原点となりました。現在、大阪で活動する佐藤さんは、その幼少期の気づきを原動力に「人がより生きやすくなるための総合的な施術」を行っています。その人の夢や幸せに寄り添う姿勢こそが、彼の施術の真髄です。
2025年10月20日
働き手に広がる未来の選択肢としての自由な働き方
町田 美帆子
「私に頼れば何とかなる」——町田さんが1年後に思い描く理想像は、この一言に凝縮されています。自身を「お姉さんというよりおかん」と表現する町田さんは、長年の経験を通じて、人を支える役回りこそが自分に合っていると気づきました。システム開発会社で一人社長を支えるうちに、自然と秘書的な動きをするようになったことが、その原点です。誰かの負担を和らげ、必要とされることに喜びを感じる——そんな性分は、まさに「心のおかん」とも言える存在でした。
2025年10月18日
電話の向こうに広がる、「誠実なつながり」の未来
松本 篤
松本さんの話を聞いてまず印象的だったのは、「営業」という職種に対する姿勢でした。ゴリゴリと押し切るスタイルではなく、相手の心情や状況を敏感に読み取り、誠実さを軸にしたアプローチ。電話は「人の時間を奪う」と言われることもありますが、松本さんにとっては相手と即座に繋がれる大切な手段。「返事を待つのが嫌だからこそ、早く返すようにしている」という言葉には、相手を思いやる人柄がにじみ出ています。仕事もプライベートも「相手と一緒に楽しむ」という姿勢が根本にあり、それが現在の取り組みへと繋がっていました。
2025年10月18日
人と社会を結ぶ「魂の輪」を築く生き方
中岡 陽希
中岡さんの物語は、幼少期の特別な体験から始まります。毎朝6時に起きて神社の掃除をし、般若心経を覚えさせられた日々。その原風景には、神仏と共に生きる暮らしが息づいていました。初めて海外を訪れた際、支援を必要とする人々の姿に触れ、「子どもたちがもっと幸せになるにはどうしたらいいのか」と強く胸に刻まれた想い。それは高校生の彼に「お金持ちになれば人を助けられる」と素朴ながらも強い決意を芽生えさせました。この原体験が後の人生を大きく方向づけていきます。
2025年10月18日