自分らしく働きたい人へ
「1年後に目指すものですか。抽象的ですけど、もっと自由になっていることですかね」。
そう語る池田純さんは、1991年生まれ。高槻で妻と幼い娘さんと暮らしながら、個人事業主向けの国民健康保険や記帳代行、確定申告にまつわるサービスを手がけています。軽やかな冗談を差し込みながらも、その言葉の奥には、自分の生き方をかなり正直に見つめる人の温度がありました。
娘さんが生まれてから、池田さんの暮らしは大きく変わりました。家族の時間を増やそうと在宅中心に切り替え、父として、夫として、きちんと振る舞おうとした。けれどその一方で、「自分が自由人なのに、無理にパパをしようとしたり、無理にいい夫を演じようとして、ちょっとしんどい」と感じる瞬間もあったといいます。家族は大事です。だからこそ、その大事さに応えようとするほど、理想と現実の間で苦しさも増していったのでしょう。
自分らしさと自由の背景
池田さんの話を聞いていると、一貫して見えてくる価値観があります。それは、自分の努力が目に見える形で返ってくるものを大切にしている、ということです。5年かけて鍛えた身体、日々の筋トレ、少しずつ試す美容アイテム、そして積み上がっていくストック型の事業。どれも「毎日365日できることをやる」「頑張った分だけ反応が返ってくる」世界です。池田さんはそれを「努力値が人数として加算されていくものが好き」と表現しました。
その感覚は、仕事のスタイルにもそのまま通じています。現在は、個人事業主の固定費を下げることを軸に、国保の見直しや記帳代行、確定申告の支援を行っています。ただ安いだけではなく、複雑で怪しく見えがちな制度を、構造から丁寧に説明する。それが池田さんの強みです。もともと金融や保険の知識を培ってきたからこそ、表面的な“ハック”ではなく、制度の仕組みを理解したうえで「使えるものは使ったらいい」と、クリアに伝えられる。その誠実さが、税理士や保険営業、コンサルタント、さらには美容業界やライバー事務所といった多様な紹介につながっていました。
積み上げて信頼を生む実践者
興味深いのは、池田さんが「ハンドリングできないものはめっちゃ嫌いなんですよ」と言いながら、同時に、思い通りにならないものの面白さも知っていることです。娘さんのことを「思い通りにいかないから僕は楽しい」と話した場面には、その人らしさがよく表れていました。池田さんにとって不確実さは、ただストレスの種ではありません。前提さえ受け入れていれば、それはむしろ楽しみになる。行列のできるラーメン屋に並ぶなら、並ぶことも含めて醍醐味だと考える。赤ちゃんが思い通りにいかないのも、そもそもそういうものだと分かっている。だから受け止められるのです。
この感覚は、池田さんがスポーツや映画に惹かれる理由にも重なります。普段の生活では、自分でハンドリングできる領域を大切にする。一方で、スポーツ観戦では9回2アウト満塁のような、どう転ぶか分からない瞬間に心を揺さぶられる。映画も、予定調和ではなく裏切りや予想外があるものを好むそうです。現実では再現性を求め、エンターテインメントでは偶然に身を委ねる。緊張と解放のバランスを、池田さんは無意識ではなく、かなり自覚的に選び取っているように見えました。
さらに、キャンプやサウナが好きだという話も印象的です。刺激を求める一方で、「スロータイムみたいなのが好き」と語る池田さん。男同士で焚き火を囲み、中学生に戻ったような時間を過ごすことや、サウナと水風呂、熱湯を行き来しながら整う感覚に惹かれるのは、忙しさの反対側にある静けさを、ちゃんと自分の人生に残しておきたいからかもしれません。積み上げる緊張感と、力を抜く余白。その両方を持っていることが、池田さんの強さなのだと思います。
自由と責任をつなぐ生き方
池田さんの話を聞いていて感じたのは、「自由」と「責任」は、対立するものではないのかもしれない、ということです。家族を持ったことで、自分の自由さに戸惑い、理想的な父親像との間で揺れた。けれどその葛藤があったからこそ、池田さんは自分にとっての誠実さを、より具体的に見つめるようになったのでしょう。家族のために働くこと。無理に誰かの型を演じるのではなく、自分の得意なやり方で家族を支えること。制度をわかりやすく整え、個人事業主の手元に残るお金を増やすこと。それもまた、誰かの生活を守る仕事です。
ビジネスパーソンにとって、池田さんの姿から学べることは少なくありません。自分がコントロールできる領域では、愚直に積み上げること。コントロールできない領域では、前提を受け入れて楽しむこと。そして、人に伝える仕事をするなら、わかりにくいものほど、誠実に、クリアに伝えること。派手さではなく、構造を理解し、相手の不安をほどく力こそが、長く信頼される土台になるのだと思います。
もっと自由になりたい。池田さんのその言葉は、身勝手さではなく、自分らしく責任を果たすための願いでした。自由を手放さず、責任から逃げない。その両立を探り続ける姿は、同じように仕事と生活の間で揺れる私たちに、静かに勇気を与えてくれます。