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「出会いと気合」がひらく、自分を超える仕事の道

人生を変えた“偶然”の出会い

証券会社で働いていた寒川さんが、ダンス業界へと足を踏み入れたのは、偶然の一言からでした。

学生時代から色々なことを一緒にやっていた年上のパートナーから、 「ダンスの協会を作るから手伝って」という相談がきて、ノリと勢いで参画しました。

当時は全くの未経験からダンスの協会の立ち上げに参画し、最初はうまくいかず、試行錯誤の日々が続きました。しかし、2010年頃に「中学校でダンス必修化」のニュースが流れたとき、すべてが動き出します。 学校への派遣をビジネスにしようとするも、1時間1000円の報酬では成り立たない。そこで「スポンサー企業から寄付を募り、学校に派遣する」という新しいモデルをはじめ、ダンスの協会も公益法人化しました。

社会貢献と持続性を両立させた仕組みが当たり、寒川さんは証券会社を辞め、ダンスの世界に飛び込みます。 「僕、踊れないんですけどね。」そう笑う彼の言葉の裏には、“人を支える仕組みを作る”という確固たる信念がありました。

コロナが生んだ新たな挑戦

そんな寒川さんの次の挑戦は、コロナ禍で生まれました。 「ダンスの仕事が全部なくなってしまったんですよ。3密の象徴みたいな業界でしたからね。」 生活に困るダンサーを支えるため、彼は企業と連携し、午前は社員、午後はダンサーという「デュアルキャリア」を提案しました。タクシー会社や企業の理解を得て、ダンサーが安心して働きながら夢を追える仕組みをつくり上げます。 その過程で、彼の視野は“アスリート”にも広がりました。北京オリンピック銀メダリストの朝原宣治さんとの出会いが転機に。アスリートのセカンドキャリア問題を聞き、同じ課題を抱える人々を支援しようと、一般社団法人Athlete-Bridge(アスリートブリッジ)を設立します。 「儲かるからやるんじゃなくて、社会のためになることのほうがワクワクするんですよね。」 挑戦の原動力は、損得ではなく、心が動くかどうか。彼の中に流れるのは、純粋な“使命感”でした。

コロナ禍を経て現在は、ダンサー、ダンスインストラクターがダンスの仕事だけで生計を立てることを支援する一般社団法人と、ダンサーを含めたアスリートのセカンドキャリアを支援する一般社団法人の運営に力を入れている。

「なぜやるのか」を問い続ける

寒川さんの仕事の根底には、学生時代に培われた哲学があります。 「イベントプロデュースの学校で、“6W2Hを考えろ”って教わったんです。中でも一番大事なのは“Why”。なぜやるのか、です。」 お金のためではなく、誰かのためにやる。その「Why」がある限り、軸はぶれない。 「社会のためにやると、どんなにしんどくてもブレないんですよ。」 彼の“Why”は、人のために動くこと。そしてそれが自分の喜びにもなるという自然体の生き方です。 「人が楽しんでいるのを後ろから見て、“やったったな”って思うのが好きなんです。」 自己犠牲ではなく、与えることを自分の楽しみに変える。その姿勢が、彼を支える哲学でした。

出会いと気合が未来をつくる

そんな寒川さんの毎日は、出会いの連続です。 「僕のモットーは“出会いと気合”。どんな出会いがあるかで、未来は変わるんです。」 彼は毎月1日に神社を巡り、月初には感謝と内省の時間を設けます。筆で手紙を書くのも習慣。 「また一緒に仕事したいなと思った人に、筆で手紙を書くんですよ。サプライズですね。」 忙しい中にも人を想う時間を大切にし、縁を紡いでいく。 最近では大学の非常勤講師にも就任が決まりました。「断れない人に頼まれたのでやることになったんです。でも、こういう出会いもきっと意味がある。」 未来のビジョンを問うと、彼は笑いながら言いました。 「1年後とか5年後とか、あんまり描かないんですよ。その時その時の出会いを大事にしてたら、自然と道はできるんで。」 出会いと気合で道を切り拓く。その歩みは、今も静かに、けれど力強く続いています。