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廣瀬絵美子さんが切り拓く、クリエイターが誇りを持てるものづくり

創作に迷いのなかった原点と、違和感の芽生え

「小さい頃から、絵を描くことしかしてこなかったんです」。そう語る廣瀬さんの言葉には、迷いのなさと同時に、静かな強さがにじんでいます。美術や工作が日常だった子ども時代を経て、自然な流れで芸術大学へ進学。創作は特別なものではなく、呼吸のようにそこにありました。 しかし社会に出てから、廣瀬さんはある違和感を抱くようになります。それは、クリエイターが構造的に「搾取されやすい」という現実でした。デザインは価値を生み出しているはずなのに、その対価や立場は必ずしも正当に扱われない。その状況に対し、「だったら自分が社長になろう」と思ったことが、後の起業につながっていきます。創作への純粋な情熱と、現実への冷静な視線。その両方が、廣瀬さんの原点にありました。

インハウスで積み重ねた現場感覚と、挑戦の連続

大学卒業後、廣瀬さんが選んだのは、いわゆるデザイン事務所ではなく、メーカーや商社のインハウスデザイナーという道でした。8年間勤めた会社をはじめ、雑貨、玩具、広告関連など、常に「商品を売る現場」に身を置き続けます。 中国の工場へ足を運び、設計や仕様を現地で詰める。金型や原価の話をしながら、どうすれば商品として成立するのかを考える。そこでは、きれいなデザインを作るだけでは足りません。売れる価格、量産性、在庫リスク。そのすべてを理解したうえで形にする力が求められました。 「デザイナーやけど、デザインだけ深掘りしてるわけじゃないんです」。その言葉どおり、廣瀬さんは企画、リサーチ、原価計算まで含めた“ものづくり全体”を担ってきました。その経験が、後に独立し、デザイン業・イベント業・物販業を手がける基盤となっていきます。

クリエイターを守るために見出した、ものづくりの本質

起業当初、廣瀬さんはメーカーになることを目指していました。しかし、在庫や初期投資の大きさという現実に直面し、イベントという形で単発でも成立するモデルに挑戦します。百貨店での大規模イベント開催など成果もありましたが、体力的・精神的な負荷は大きく、現在は一度立ち止まって次の形を模索しています。 その根底に一貫してあるのは、「クリエイターが正当に評価され、活躍できる場をつくりたい」という思いです。工場や企業と組む中で、力関係の差からデザイン側が不利になる場面を何度も見てきたからこそ、廣瀬さんは上流から下流まで理解する立場を選びました。 「デザインが良くても、売れなかったら意味がない」。ヒット商品が生まれた瞬間にこそ喜びを感じるという廣瀬さんの価値観は、感性とビジネスを分断しない姿勢そのものです。個人の経験はやがて、「ものづくりにおいて本当に必要なのは、全体を見渡す視点だ」という普遍的な学びへと昇華されています。

迷いながらも描く、次のステージへの展望

現在、廣瀬さんはデザイン業を軸にしながら、再びメーカーとしての可能性を探っています。東大阪の工場との交流や、紙雑貨・文具イベントといった新しい市場への関わりもその一環です。 「どういう形が一番いいのか、正直まだ迷走してます」。そう正直に語る姿は、完成された成功者というより、今も挑戦の途上にいる表現者そのものです。 最後に廣瀬さんは、ものづくりに関わる人へ静かなメッセージを投げかけます。感性だけでも、理屈だけでも足りない。両方を行き来しながら、自分の立ち位置を取り戻すこと。その積み重ねが、クリエイター自身の誇りを守るのだと。 この記事を読む誰かが、自分の経験をもう一度肯定し、次の一歩を踏み出す。そのきっかけになれば――廣瀬さんの歩みは、確かにそんな力を秘めています。